インフルエンザとは?

川崎市立川崎病院院長 竹内 可尚 先生 の 講演から

1.インフルエンザの歴史

 インフルエンザという病名が用いられだのは、おそらく17世紀のイギリスが最初だろうといわれております。しかし、今日でいうインフルエンザではないかと思われる記述は、紀元前5世紀にアテネで流行った「ツキジデス症候群」にまでさかのぼることができます。14・15世紀のルネッサンスのイタリアでは、占星術から、今流行している疫病は、あの奇妙な星のせいだ、星の影響Gnnuence)と考えられました。しかし、真の病原体が見つかるには1933年まで待たなければなりませんでした。この年、イギリスのスミスらは、インフルエンザ患者のうがい液を、雑菌を濾過して除いたうえで、フェレット(いたちのような動物)の鼻腔に注入したところ、フェレットは鼻水とクシャミを伴って発熱しました。しかも同じ飼育箱に飼われていた別のフェレットにも感染し、その鼻汁を今度はマウスにうつしたところ、そのマウスは肺炎になりました。この細菌よりも小さい濾過性病原体を、彼らは迷うことなく『インフルエンザウイルス』と命名しました。

その後、1940年には別のインフルエンザウイルスが発見され、それをB型とし、最初に発見したウイルスをA型と呼ぶことになりました。さらに後になって、C型インフルエンザウイルスも見つかりましたが、病気の性質が全く異なることから、普通、インフルエンザというときは、A型とB型インフルエンザのことを指しています。このようにインフルエンザの病原体がインフルエンザウイルスであるということがわかってから、まだ70年も経っていないのです。

2.インフルエンザという概念

あまたある「かぜ」の中でもインフルエンザは別格であると昔から認識されていました。その理由は、老若男女を問わず、その地域の住民を一度に大勢巻き込み、日常生活を1日ないし数日間不可能にさせる、時には死にまで追いやる強烈な疾病であるということです。20世紀には、3つあるいは4つの世界的な大流行を起こしたインフルエンザウイルスが出現しました。第一は、第一次世界大戦のさなかに、協商側の援軍として参戦したアメリカの軍隊がヨーロッパ戦線にインフルエンザを持ち込んだとされる有名な「スペインかぜ」です。後の研究で「スペインかぜ」のウイルスは、ブタ型インフルエンザウイルスであったことがわかりました。どうしてわかったかと申しますと、ブタのインフルエンザウイルスは1931年ショープによって発見されたのですが、「スペインかぜ」にかかったことのある人々の血液を調べてみますと、ブタ型ウイルスに対する抗体が証明されたのです。一方、「スペインかぜ」の流行のあとに生まれた人々はひとりとして手亢体を持っていませんでした。すなわち かかった証拠がなかったわけです。ごく最近、「スペインかぜ」で亡くなった方の肺が病理標本として残されていたので、現在の技術でその肺の組織から、ブタ型インフルエンザウイルスの遺伝子を証明することにも成功しました。さて、第一次世界大戦は、同盟側の盟主として頑強に戦ったドイツもインフルエンザには勝てず敗戦となり、1918年11月講和条約が結ばれました。アメリカの会式記録でも、戦死者の8割は、本当は「スペインかぜ」で整れたとされていますc1918年に世界中を席巻した「スペインかぜ」は、3千万人の死者を出したとされ、最も被害の大きかったのはインドであったといいます。日本でも大正8年このインフルエンザが上陸し、当時の人口の3分の1が罹患し、30万人の死者が出たといわれています。NHKのテレビドラマ『あぐり』でも、父と姉がこの「スペインかぜ、」でばたばたと亡くなりました。

第二は、1957年それまでのインフルエンザウイルスとは全く違ったA型インフルエンザが出現しシンガポールから全肚界に拡がりました。「Aアジアかぜ」と呼ばれます。わが国でもその影響は大きく、電話交換手がインフルエンザで病欠し、あるいはバスやトラックの運転手が休んだため通信や交通手段に大きな支障が起きました。もちろん、健康被害も大きく、インフルエンザとは特に高齢者のインフルエンザあるいは肺炎による死亡が目立ちました。

第三は、「Aアジアかぜ」も十年で姿を消し、今度は「A香港かぜ」と呼ぱれる新型のウイルスに替わりました。1968年のことです。このウイルスは息が長く、30年以上経った今もなお活発に性質を少しずつ変えながら流行しています。第四は、1977年旧ソ連から拡がった「Aソ連かぜ」です。このウイルスは1950年に流行したウイルスと遣伝子の顔がそっくりであるとする中島捷久博士(現名古屋布立大学教授)の発見で、もしかしたらシベリアの凍土が融け出して、凍結保存されていたウイルスが出てきたのだとか、実験室から外に漏れ出てきたのではないかともいわれています。このAソ連かぜウイルスも20年以上経った今も流行しています。

3 B型インフルエンザ

A型インフルエンザと違いB型インフルエンザは、全く性質を変えて出現するという事はなく、それ故世界的な大流行を起こしたことはありません。1999年冬から2000年春にかけて、日本では「Aソ連かぜ」と「A香港かぜ」が流行しました。しかしアメリカでは「A香港かぜ」とB型インフルエンザが主で、「Aソ連かぜ」はほんの少し流行しただけでした。次のシーズンに「Aソ連かぜ」が流行するとアメリカの専門家ナンシー・コックスは考えております。私は、日本ではB型と「A香巷かぜ」と見ております。

4.インフルエンザウイルス

B型インフルエンザウイルスは、直径80〜120nm(1mmの千分の1)の王求状で、表面に多数の棘が認められます。形態的にA型とB型インフルエンザウイルスを区別することはできませんが、赤血球を凝集します。もうひとつの棘は、ノイラミニダーゼ(NA)といい、HAとNAの先端に接着したシアル酸を切り離す働きをします。ウイルスの芯には、8つのリボ核酸(RNA)からなるウイルスの質を決める遣伝清報がつまっています。HAとNAのRNA分節が他のf重類のA型インフルエンザのそれと入れ替わりますと新型のA型ウイルスとなります。しかし、そのウイルスがヒトに親和性を持ち、かつ増える力が旺盛でなければヒトの間に流行するウイルスとはなりません。

5こインフルエンザの雄状メインフルエンザにかかっているヒトのクシャミや咳を至近距離で顔に浴ぴますと、最も大量のウイルスをもらうことになります。また、微小なウイルス粒子は、混雑した街中や電車の中などでは空中に浮遊しており、それを吸い込んで感染します。また、ウイルスが付着した手、白衣、聴診器などを介して、間接的に自分や相手の目や鼻の粘膜に感染することも考えられます。

鼻やのどの粘膜に付着したインフルエンザテイルスは、約20分で細胞の中に入り込み細胞核に自分の遣伝情報を伝え、複製が開始されます。約8時間で多数の子ウイルスが誕生し、細胞表面に出てきます。シアル酸と結合している状態ですが、それをNAが切り離すことでウイルスは白由の身となり感染を拡げていくこととなります。

インフルエンザウイルスに感染して、症状が出るまでに平均2日かかります。クシャミ、のどの痛み、空咳、頭痛、そして悪寒を伴って急に発熱してきます。身体のあちこちの筋肉や関節の痛み、全身倦怠感が強く、夜になると39℃の高熱となり、無気力になります。発熱期間は、成人ではl〜3日です。下熱後も湿[生の咳や鼻汁が続くことも少なくありません。また下痢や腹痛を伴うこともあります。体調が元に戻るには下熱後l週間はかかります。発熱が続くときは、肺炎も心配です。

一般に高齢者や心不全・慢性気管支炎・喘息・糖尿病・腎不全などの基礎疾患を持っている人は、インフルエンザが原因で亡くなる割合が高く、要注意です。

インフルエンザを侮ってはなりません。毎年必ずやってきて、国民の5一10%の人がかかります。そして多大の健康被害をもたらします。その医療費だけでも2干億円以上になると計算できます。そ他、社会経済的影響も考えると、おそらくその3倍くらいの損失になると見積ることができます。これを防ぐには、インフルエンザワクチンに頼る以外に方法がありません。インフルエンザウイルスは、毎年少しずつ性質を変えて襲ってきますので、ワクチンは毎年接種しなければなりません。日・米・欧・豪の専門家会議で毎年、次のシーズン用インフルエンザワクチンに使うウイルスの種類を検討し、その結果を参考にして日本のインフルエンザワクチンもつくられます。インフルエンザワクチンには、臣ソ連かぜ」、「A香巷かぜ」、B型と3種類のウイルスが含まれていて、どの型のインフルエンザが流行っても対応できるようになっています。インフルエンザシーズン前に接種

しておくことが肝腎です。

アメリカでは、毎年インフルエンザワクチンの接種を国民に呼びかけております。その中で、特に接種すべき人として(表1)にあげた内容をよく軸年していただきたいと思います。

インフルエンザの合併症が極めて通こりやすいグループ

・50歳以上の人々。

・養護施設およぴ年齢を問わず慢性疾患で療養している療養施設の入居者。

・心肺に慢性疾患をもつ成人ならぴに小児。喘息を含む。

・糖尿病を含む慢性代謝性疾患、腎不全、血色素異常症、あるいは薬剤またはHlVによる免疫異常状態でこの

1年入院しているか、定期的に通院している成人ならびに小児。

・長期にわたるアスピリン治療を受けているため、インフルエンザでライ症候群になる危険性が高い6か月か

ら18歳までの小児ならぴにティーンエイジャー。

・妊婦で、インフルエンザシースンが、妊娠第2・第3、3半期にあたると予想されるもの。

危検度の溝い人々にインフルエンザをうつす可能桂のある人々

・病棟や外来で仕事をする医師、看護婦、その他の従業員。救急隊員も含む。

・患者や入居者と接触する養護ホームや長期療養施設の職員。

・ハイリスクの人々のための援助住宅の従業員。

・ハイリスクの人々に訪問介護を行う人々。

・ハイリスクの人がいる子供を含む家族全員

羽鳥 裕   HATORI Yutaka


212−0958 川崎市幸区鹿島田1133−15 

TEL&FAX 044−522−0033 

Mailto:yutaka@hatori.or.jp   homepage  http://hatori.or.jp/