はとりクリニック 羽鳥 裕 212-0058 川崎市幸区鹿島田1133-15 TEL&FAX 044-522-0033 yutaka@hatori.or.jp
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ここが知りたい SARS(重症急性呼吸器感染症)
NewEnglamdJournal of Medicie 2003.3.31 NEJMの記事最新情報から。 acrobat reader
重症急性呼吸器症候群の症例集積 Jeffrey M.Drazen M.D.
New England Journal of Medicine 2003.3.31より抜粋
3月13日,世界保健機構(WHO)は世界に向けて,重症急
性呼吸器症候群(SARS)に関する緊急警告を出した.発生源
は中国南部広東省と考えられ,急速に進行し致死的となる可能
性もある肺炎とされている.WHOから警告が発せられた時点
でSARS症例が確認された国は,中国(中国本土および香港特
別自治区),ベトナム,シンガポール,カナダのみであったが、
3月末には12ヵ国以上で,1,600例以上の症例と50例以上の死
亡が報告された.現時点では,10目後,100日後の感染者数が
どのくらいになっているかは予測不可能である.SARSの病像
は急速に変化するため,われわれはホームページを活用して医
療関係者に重要な情報を提供する.
SARSは感染症であることがしだいに明らかになってきてい
る.このホームページ上で報告されているカナダおよび香港の
症例の集積L2によると,SARSが感染症以外の環境に起因する
疾患である可能性はきわめて低く,病原体としてコロナウイル
スの新種かメタニューモウイルスの新種が示唆されている・原
因ウイルスに関する確定的な情報が待ち望まれる.SARS感染
が急激に拡大した原因には,潜伏期間中(1〜H日間,平均約
5日間)に患者から別の人問に感染することがある.現在,発
端患者から二次感染者,三次感染者まで報告されているが,私
はこの連鎖が抑制される前にさらに拡大すると確信している.
ウイルスに関する理解がすすむにつれ,未知であった感染経
路や早期発見に関する多くの疑間が解明されつつある.症状で
診断するのではなく,検査所見で確定診断を行う方法がいずれ
開発されるであろう.そして今後,有効な治療法が見出される
ことが期待される.世界中の科学者たちによる前例のない協力
体制(http:〃www.who.i"csr/outbreaqetwork/enノ)により,解明
作業は急ピッチですすんでいるものの,いまだ不明な点が多
し、.
現時点でわかっているのは,SARSの感染力は強いように思
われるが,一様ではないということだ.香港の感染源患者2は,
中国南部から香港に帰省し,義弟と市内観光とショッピングを
した翌日に入院し,入院n日目に死亡した.トロントの感染源
患者iは,香港の感染源患者と同じホテルの同じフロアに泊
まったが,香港の感染源患者と蜜接な接触をしたことは確認さ
れていない.この一連の症例のいずれの場合にも,ウイルスに
同じようにさらされたと思われるにもかかわらず,臨床的な疾
患が発現しなかった人々がいる.
SARSは世界中に拡大しているのは,航空網が発達し,ある
場所でウイルスに感染した人が次の日に発症するときには地球
の裏側にいることが可能なためである.いったんSARSが進行
すれば,患者は重症になり医療機関を受診する可能性が高い.
医師,看護師,病院職員は,感染の頻度が高い集団である.残
念なことに,SARSの定義に貢献したWHO感染症専門医カル
ロ・ウルバニ医師(46)が,SARSにより3月29日に死亡した.
原因ウイルスが分離されたら,ウルバニ医師の名前が授けられ
ることを願ってやまない.
だれもがSARSの自然消滅を願っているが,願いだけではす
まされないだろう.現在,世界中の医療関係者のキーワードは
「警戒」であり,「パニック」ではない.SARSの疑いのある患
者を診察した場合は,SARSが多様な症状を呈することに注意
し,WHOのWebサイト(http:〃o.who.inぴcsr/sars/guidelines/
enノ)やCDCのWebサイト(http:〃www-cdc.gov/ncidod/scars/
dipicians.htm)のアドバイスに従っていただきたい.SARSに感
染した患者には,隔離対策を行うべきである.四次感染,五次
感染の発生が確認され始めており,既知の症例との疫学的結び
付きが不明瞭になる可能性があるため,つねにSARSの疑いを
もつことが大切である.疑わしい患者や診察で異常蔚見のある
患者に対しては,酸素飽和値測定や胸部X線写真の検査を,た
とえ間違いだったとしても,行うに越したことはないと私は考
える.
SARSに対する理解は日に日に変化するため,われわれの
ホームページから目を離さないでいただきたい.最新梼報や,
他の重要な情報源へのリンクを掲載する予定である.SARSは,
従来の医学誌が最新情報を提供する以上の速度で変化している
が,本誌のホームページでは情報を広く公開し,患者に最善の
ケアを提供するのに必要な情報を求める者はだれもが利用でき
るようになっている.
香港における重症急性呼吸器症候群の集積症例
背景
重症急性呼吸器症候群(SARS)の臨床特性についての情報は,SARS患者を診療する可
能性のある臨床医に有益である.
方法
香港の病院で,2003年2月22日〜3月22日のあいだにSARSと診断された中国人患者
で疫学的に関連する10例の患者(男性5例,女性5例,年齢38〜72歳)の,臨床症状と
経過に関するデータを要約した.
結果
感染源となった患者と二次感染した患者たちの接触の程度は,最低限の接触から,患者
と医療関係者の接触まで大きな幅があった.潜伏期間は2〜11日であった.発熱はすべ
ての患者にみられ(38℃以上が24時間以上),多くの患者は悪寒,乾性咳,呼吸困難,倦
怠感,頭痛,低酸素症を呈した.胸部の聴診でクラックル(ぱちぱち音),打診で濁音が
認められた.リンパ球減少が9例の患者でみられ,多くの患者はアミノトランスフェラー
ゼ値がやや上昇していたが,血清クレアチニン値:は正常であった.胸部X線の経時的な所
見では進行性の含気病変像が認められた.2例が進行性呼吸不全で死亡し,肺の病理解剖
所見ではびまん性肺胞障害がみられた.肺炎マイコプラズマ(吻c砂Jθs伽伽em解o伽m),
肺炎クラミジア((:力1α,mッ"毎加m勿om伽e),レジオネラ・ニューモフィラ菌(五e写jomJ伽
伽e3m砂械α)などによる感染の所見はみられなかった.すべての患者は平均(±SD)9.6
±5.42日間コルチコステロイドとリバビリンでの治療を受け,8例は初期にβラクタム系
抗菌薬とマクロライド系抗菌薬の併月療法を4±19日間受けたが,臨床的にもX線像上
でも治療改善効果はみられなかった.
F
結論
SARSは,もとが感染性であると思われる.発熱に続き急速に進行する呼吸不全が起る
のがこの疾患の特徴であり,その名称の由来となっている.SARSの病原微生物は依然と
して不明である.
2002年秋,中国南部広東省から,感染力が非常に強く重症化
する原因不明の非定型性蹄炎305例の報告があった.疾患は医
療関係者とその家族にとくに多く,急速に悪化し死亡した症例
が多くみられた1,この原因不明の肺炎は中国以外にも広がり,
2003年3月13日世界保健機瀦(WHO)はこの疾患の発生にっ
いて緊急警告を出し,世界的なサーベイランスを開始した.2
月下旬に米国疾病管理予防センター(CDC)はこれを重症急惟
呼吸器症候群(SARS)と名付け,臨床所見に基づく定義付けを
行った2.ここに,疫学的に関連するSARS患者10例の臨床症
状とその経過,X線検査および臨床検査結巣を報告する.これ
ら症例の病原微生物はまだ解明されていないため,症例の認識
と治療に役立っよう臨床疫学的な情撮を提供する.
患者
2003年2月22日〜3月22日,われわれ香港の病院(Queen
M田yHospi槍1,KwongWahHospital,PamelaY。udeNethersole
EastemHospital)で,疫学的に関連する10例の患者(全員が
中国南部の人)を確認した.患者の症状は,2003年3月17日
に発表されたCDCのSARS定義に当てはまった(表1)2.患者
間の接触の可能性を調査するため患者と面談し,その結果を図
1に示した.
X線検査所見
患者10倒の胸部X線像を,臨床所見の詳細を参考に辻ずに
評価した.コントラスト強化コンピュータ高解像度断層撮影
(CT)は3例の患者(患者No3,4,10)で撮影されており,こ
れらも検討した.X線診断上のパターンを,含気像(スリガラ
ス様陰影,巣状硬化,肺葉硬化,斑状硬化等),間質性(網様
性),びまん性(肺のすべての領域)に分類した.また胸水の
存在についても記録した.
病原微生物の検索
呼吸器分泌液(疾は患者全員,気管吸引および気管支肺胞洗
浄液は患者No.1,2,3)について一般的なバクテリア(血液寒
天,チョコレート寒天,マッコンキー寒天培地使用),レジオ
ネラ・ニューモフィラ菌(」乙eg娩eJJα加em勿o伽オω(BCYEα
培地使用),およびマイコバクテリア(U培地使用)の培養検
奄を行った.グラム染色とオーラミンーローダミン染色塗抹で
バクテリアや抗酸菌の有無を検査した.
1つの血清サンプル,可能な場合は2つのサンプルで肺炎
マイコプラズマ(」吻ωμσ3,nゆmem吻o加m)(Serodi含Myco-n,
Fujirebio)および肺炎クラミジア(αJ伽"ゆmem勿omsm)と
オウム病クラミジア(Cヵ3伽"c5)の検査(MRLmicroimmuno-
nuorescencekit)を行った.レジオネラ・ニューモフィラ菌(ム
クm伽o伽"α)と飾炎球菌の尿中抗原検査(BinaxNowtestIdts,
Binax)を行った.鼻咽頭吸引液(および患者No.1の気管支肺
胞液)の抗原検査には,市販の試薬キット(DakoDiagnos廿cs
とChemicpIntematipal)で螢光抗体法を行った.
患者と接触歴
10例の患者(男性5例,女性5例)の平均(±SD)年齢は
52.5士11.0歳(中央値49.5,年齢幅35〜72歳)であった.次
に記す3例以外,患者に特別な既往歴はなかった.患者No2は
安定した高血王症と良性前立腺肥大,患者No.4は虚撫性心疾
患とインスリン非依存型糖尿病,患者Noユ0はインスリン非依
存型糖尿病であり右腎の腎細胞癌切除を受けていた.患者No.2
はメトプロロールとニフェジピン,患者No.4はアスピリン,ジ
ルチアゼム,メトホルミン,患者No.10はグリクラジドとメト
ホルミンを服用していた.10例中8例は喫煙歴がなく,1例は
現在も喫煙(25本/日)しており,他の1例は5年前(20本/
日)から禁煙していた.
この10例の接触歴を図1Bに示す.香港で最初の症例である
患者No.1は中国南部の病院勤務の腎臓病専門医で,2003年2月
21日香港に旅行し,症状は5日前から出ていた.香港に着いた
ときは義理の弟と観光や買い物をするほど体調がよかったが,
翌日に呼吸不全で応急処置を必要とし,すぐに病院Aの集中治
療室(ICU)に入院した.患者No.2は香港の住民で,患者Noユ
の義理の弟であり観光と買い物で患者No.1と10時間行動を共
にしていた.患者No3は病院Aの事故救急部の看護師で同じ
救急蘇生室にいたが,別の医師と看護師チームが治療に当って
いた患者No.1からは1m以上離れていた.患者No.3は患者No.1
と直接の接触はかく,その当時手術用マスクをしていた.患者
No.5は病院AのICUの治療助手として働いており,患者No.2
とマスクと予防衣なしで6時間の接触があった.
患者No.4は中国系カナダ人のビジネスマンで2003年2月13
日家族に会うため香港に帰省した.香港に帰る前は12ヵ月以上
トロントから出たことはなかった.このビジネスマンのホテル
Xでの滞在は患賓No.1と1日重なっていた.患者No.1と患者
No.4が直接接触していたかは不明である.患者No.4はホテル
の公共スペースで患者No.1をみたことがあるか思い出せな
かった.患者No.6,7,8は,患者No.4が病院Cに移される前
に肺炎の治療で6日間入院していた病院Bの看護師である.こ
の期間,この看護師は患者No.4の入院している一'般病棟に8時
間交替で5回の勤務に就いた.この3人の看護師は,患者No.4
が2003年3月3日下痢を起し大便失禁をしたさい,清拭するた
め接近していたことがわかった.看護師たちは病棟内のどの患
者に対する日常的な看護にも,マスクや予防衣を着用すること
はなかった.患者No.9は患者No.4の甥でホテルX,病院:Bお
よび病院CのICUに1度ずつ訪ねており,それぞれの時間は10
分間であった.最後の訪問のときは,患者No.4はマスクを使っ
た陽圧換気法を受けていた患者No.10は病院Bで患者No.4と
同じ病棟の同じ病室(6床)に,切除可能な右腎細胞癌の腎
全摘徐術後,順調に回復しながら計5日間入院していた.ベッ
ドは互いに離れていた.この2例の患者は共にほとんどベッド
に寝たきりの状態であり,接触することはなかった.これらの
接触以外,患者No.1を除いては,だれも他の呼吸器疾患患者
に接触したことはなく,少なくともこの3ヵ月間中国南部,ベ
トナム,シンガポールに旅行したこともなかった.
係を示したものである.潜伏期間を,可能性のある接触から症
状の発生までの期間として計算すると3,患者No.2,3,4,5に
限っては(それぞれ2,2,6,2日)正確に決めることができる
が,ほかの患者は感染源患者との接触が複数回あるため確定で
きない.患者No.6,7,8,9,10について考えられる潜伏期問
はそれぞれ1〜6日,5〜11日,5〜11日,1〜5日,2〜7日
である.
臨床像ξ他の特徴
10例の患者全員に38℃以上の熱が24時間以上継続してみら
れ,1例を除いて全員に悪寒がみられた(表1).発熱症状が現
れてから呼吸困難が発現するまでの日数は,中央値で5日間(範
囲3〜7目)であった.コルチコステロイドとリバビリンによ
る経験的な治療を開始するまで,全員が発熱状態にあった.初
診時に,半数以上の患者が発熱に加え乾性咳,呼吸困難,倦怠
感,頭痛を訴えた.胸部聴診では,ほとんどの患者にクラック
ル(ぱちぱち音),打診で濁音が認められた.心血管,腹部,お
よび神経学的検査の結果は,もともとあった疾患を除き患者全
例が正常であった.患者2例は,初診時に軽度の白血球増加と
白血球減少がそれぞれ認められた.リンパ球減少(1,500/cmm
未満)が9例の患者で認められたが,臨床的に有意な血小板減
少症(50,000/cmm未満)は認められなかった.7例の患者では,
アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(Asr,GOT)値,
アラニンアミノトランスフェラーゼ(AIT,GPT)値,あるい
はその両方にわずかな上昇(基準域上限の4倍に満たない程度)
がみられ,8例の患者では,血清クレアチニン値は正常であっ
た.5例の患者が低酸素を呈し,3例の患者(患者No.4,6,8)
は,発熱後の3日間にときどき下痢を起していた.患者No.6と
8は下痢を起す前には抗菌剤を投与されておらず,抗菌剤に
よって下痢を起した可能性はない.
病原微生物の検査
喀疾培養では,常在菌のみが確認された(表2).気道分泌物
の抗酸性染色検査は患者全例が陰性であった.インフルエンザ
ウイルスAおよびB型,パラインフルエンザウイルス1,2お
よび3型,RSウイルス,アデノウイルスに対する鼻咽頭吸引物
の迅速ウイルス抗原検査の結果は陰性であった.7〜10日間に
わたり全患者で肺炎クラミジア(Cクmmmonsm),オウム病ク
ラミジア(Cヵ3伽cゴ),肺炎マイコプラズマ(M:勿mmo痂m)
の血清学的力価の有意な上昇はみられなかった.レジオネラ・
ニューモフィラ菌(ム勿伽吻o伽"θ)および肺炎双球菌の抗原
に対する尿検査の結果は全倒が陰性であった.現段階で,SARS
の病原微生物は不明である.
X線評価
患者No.2を除き全例に初診時の胸部X線検査で異常が認め
られた.初診時の胸部X線検査での主な異常所見は含気像であ
り,スリガラス様陰影(患者No.4,5,10),巣状硬化像(患者
No.3,9),あるいは斑状硬化像(患者No.6,7,8)が認められ
た(図2A).胸部X線検査では,聞質性の病変は認められなかっ
た.これらの陰影は,8例(患者No.2,3,5,6,7,8,9,10)
では下肺野に多く認められ,1例(患者No.4)では上肺野に多
く認められた.胸水はどの患者にもみられなかった.
7剛の患者(患者No.3,4,5,6,7,9,ユO)では,入院後
10目以内に含気像が大きく広がり,重症化がみられた.患者
No.1の胸部X線像には,初診時から死亡時までに臨床的に有意
な変化は認められなかったが,肺全体にびまん性の粟粒結節が
認められた.患者No2の胸部X線像では,1週間以上も際立っ
た変化は認められず,その後にびまん性陰影が発現しており
(図2B),患者No.5もこれと同様の過程をたどっていた.生存
している患者のうち,6例(患者No3,4,6,8,9,10)では,
受診後2週間で,含気像にある程度の改善がみられたが,さま
ざまな形状の網様陰影の残存がある.
初期のCTスキャンで認められた主な異常所見は,気管支含
気像とスリガラス様陰影を伴う胸膜下の巣状硬化像であった.
これらの異常所見は,すべてではないが大半が肺下葉背面にみ
られた(図2C).胸水,縦隔内の結節性病変,肺塞栓は認めら
れなかった.
治療と転帰
10例の患者全員に対し,以下に記すように経験的にコルチコ
ステロイドとリバビリンによる治療が行われた.この併用療法
を行う前に,患者No.7と8を除く患者8例に平均(および中央
値)4日間(範囲2〜6日)にわたりβラクタム系抗菌薬(オー
グメンチン,ロセフィン,あるいはマキシピーム)とマクロラ
イド系抗菌薬(クラリスロマイシンあるいはアジスロマイシ
ン)の併用療法を行ったが,全身臨床状態,発熱,あるいはX
線像上の病巣に対する改善効果はなかった(表2および図2,3),
経験的療法として,10例の患者全員に静注リバビリン(8mg/
kg体重を8時間おき)あるいは経ロリバビリン(12gを8時間
おき,患者No.4に対してのみ)に加え,静注コルチコステロイ
ド(ヒドロコルチゾンを,用量4mg/kg体重を8時間ごとから
200mgを8時間ごとまで徐々に減らす,あるいはメチルプレド
ニゾロン240〜320og/日)を投与した(図3).症状が発現し
てからコルチコステロイドとリバビリンの併用療法開始までの
日数は,平均で9.6±5.42日(中央値12.5;範囲3〜22日)で
あった.図3には,治療開始後の体温,心拍数,酸素飽和度,全
白血球数,リンパ球数,血小板数の変化を示した.治療開始後
2日以内に熱が下がり始め,心拍数に改善がみられた.治療開
始後8日でリンパ球数と血小板数に改善がみられ始めた.
患者No.1と2では,呼吸補助をマスク使用での補助換気法か
ら,挿管し高レベルの呼気終末陽圧をかけ,吸気酸素分圧を1か
とするレスピレータ治療にまで強化したにもかかわらず,ガス
交換が着実に悪化し続けた.集中的な呼吸補助にもかかわら
ず,2例とも死亡した.剖検では,患者No.1の肺に出血性病巣
とヒアリン膜形成を伴う明らかな肺胞浮腫が認められた.肺細
胞には剥離がみられたが,肺胞腔内に多核細胞あるいは単核細
胞などの遊離した炎症性細胞はほとんど認められなかった.肺
胞性粘液様線維芽細胞組織の病巣が散在してみられたが,これ
は初期の器質化段階にある進行性肺炎の所見と一致するもので
あった.肺胞間中隔は軽度に肥厚し,軽度の単核細胞浸潤が認
められた.切片標本には,組織壊死,ウイルス性封入体,真菌,
細菌はみられなかった.これらの所見は重度のびまん性肺胞障
害を反映したものと考えられた.患者No.2では,5日目に行っ
たビデオ補助胸腔鏡検査による生検で,軽度のびまん性肺胞障
害のみが認められた.
この疾患の発生から本稿の執筆までの時点で,患者No.3だ
けが完全な臨床的回復(12日以降は酸素吸入が不要)およびX
線所見の回復(18日目に右下葉の硬化像が消退)をみた.この
患者は20日目に退院したが,26目目になっても倦怠感が継続
している.患者No.4からNo.10までの6例は,症状発現時から
平均して23.1±5.5日間(中央値25.5;範囲18〜33日)疾患
が持続しており,X線所見と臨床所見にある程度の回復がみら
疫学的に関連したユ0例の患者に関するわれわれの経験から,
SARSは接触感染し,急速に進行し,わずかな接触によっても
健康な人を冒す可能性のある感染症であることが確認される.
しかし,たとえば患者No.4の妻がホテルの同室で患者と終始
共に滞在したように,相当の曝露があるにもかかわらず発病し
ない人がなぜいるのか,その理由は不明である.
SARSの主な特徴は,乾性咳に先立ってみられる高熱(38℃
以上の熱が24時問以上継続)および悪寒で,場合によっては急
速に呼吸不全に進行し,X線像上に含気病変像を伴う.10例の
患者の潜伏期間は1〜11日間であり,潜伏期間が明確な症例の
大半では感染後2日で症状が発現している.したがって,感染
源患者との危険性を伴う接触(どんなにわずかな接触でも),そ
して発熱がSARS診断のもっとも有力な指標であることが判明
している.事実,CDCによるSARSの定義2に合致する症状が
ある患者の多くでは,WHOの診断基準4に合致するほど重症の
呼吸不全はみられず,この疾患では明自な呼吸不全にはいたら
ない程度の呼吸機能の低下がみられる場合が多いことを示唆し
ている.βラクタム系抗菌薬とマクロライド系抗菌薬の併用療
法では症状の改善がみられなかったが,高用量でのコルチコス
テロイドとリバビリンの併用による経験的治療によって臨床的
改善がみられている.大半の患者では臨床的およびX線像上の
改善がみられたが,この疾患の完全な時間的経過は明らかでは
ない.死亡した2例の患者では,急性呼吸窮迫症候群(ARDS)
の患者に多くみられる多臓器不全は発症していなかったことに
注目すべきである.
SARSの主要なX線所見は,cr画像上で含気気管支像を伴う
胸膜下巣状硬化像と,下葉にみられるスリガラス様陰影として
判明する含気像であるが,初診時のレントゲン所見は正常であ
る可能性もある.含気像は発現してから2〜3日以内に大きく
広がり,重症化する.一部の症例では,さらに進行してAoS
様のびまん性陰影を示す.含気像の消失は,この疾患が線維化
段階に入ったことを示唆する所児と同時に生ずる.X線所見で
は,SARSは細菌性気管支肺炎やウイルス性感染と区別がつか
ない可能性もあるが,それ以上に重要なことは,肺炎の原因と
なる閉塞牲細気管支炎や急性間質性肺炎などの胸膜下の含気病
変にいたる状態と同じp所見がみられることである,7.末期
の段階では,とくに腕にびまん性の病変がみられ,X線所見は
ARDSのものと類似している.
10例の患者に認められたこの疾患の臨床所見X線所見,そ
してとくにその強い感染性から,S螂の原因がウイルスであ
ることが示唆されている.SARS患者のほとんどは,それぞれ
の感染源である患者に接触後2〜5日で症状が発現している.こ
の潜伏期問の短さから,肺炎マイコプラズマ(Mψnemmom'm)
や肺炎クラミジア(C仰emnon伽)による感染症ではないと論
じられている.皿加emmo加mの場合は,潜伏期間は6〜32日
で中央値は14日とされている3.C伽em吻om伽の潜伏期間は明
確にはされていないが長いようであり,10〜30日と推定され
ている8.レジオネラ・ニューモフィラ菌(ムクm伽o伽吻)は
ヒトからヒトヘ感染することはないとされており,この病原体
がSARSの原因である可能性はもっとも低いようである.われ
われが行った細菌・ウイルス検査でも,これらの病原体が原因
であることを示す証拠は得られなかった.現在,SARSの病原
体ウイルスの同定作業が行われている最中である.
症例の伝播に関してわれわれが提示した情報を考慮すると,
SARSが疑われる患者は予防的隔離を適切に行う必要がある.
現行の勧告に関する情報は,http://owho.int/csr/sars/
guidelinesおよびbttp:〃www.cdcgov/nddod/sars/ic,btmで
入手できる.多くの医療関係者にこの疾患が生じているため,
医療関係者は,自分自身や家族にSARSを疑わせる発熱,乾性
咳などの症状が現れた場合,強く疑って当然である.そうし
た場合には他人を危険にさらさないためにも,すすんで診察
を受けるべきである.SARSの病原体が完全に解明できれば,
SARS患者を同定できるより優れた方法がすぐに登場するであ
ろう.
WeareindebtedtoMs.ChrisdnaYan,JuneSun,andChris-
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HATORI CLINIC HATORI Yutaka MD,PhD, 1133-15,Kashimada,Saiwai,Kawasak,Kanagawa,JAPAN all rights reserved 1991 mailto:yutaka@hatori.o
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