成長期のスポーツ活動    校長先生や佐藤先生のご尽力で、冊子になりました. 00/05/02  更新

学校体育、課外活動における事故予防のために

1999.12.26 にて

 

 


 川崎市医師会健康スポーツ医部会部会長 羽鳥 裕
 (医)はとりクリニック

 連絡先 川崎市幸区鹿島田133−15 
TEL&FAX 044−522−0033
 
T.はじめに
 99年9月の市内の市立中学校体育祭での1,500m走の突然死、ついで、10月の市内私立高校での体育授業における1,500m走の不幸な事故が再発しました。また、県内の大学柔道部の夏の合宿でのインターバルトレーニング中の突然死、さらに、日本全国での統計を含めると意外と多いことがわかります。
どのように、受け止めとらよいか皆様も多くの方が悩んでいることだと思います。
 学校体育や部活動を含めて、学校の管理下で起きる突然死・死亡事故は、体育現場の救急体制の整備、救急車の救急士同乗、学校心臓検診の管理区分整備、スポーツ医学の進歩、心臓救急医療の進歩などpositiveに改善するはずにもかかわらず、残念ながらここ10年以上も一定の割合でおきています。徳留らによればスポーツ中の突然死624例中10歳台で、199例32%20歳台で54例9%と若年に多いことを示しています。原因の多くが急性心不全、急性心機能不全68%と原因を同定できないものが多いことを示しています。いっぽう、Maronらは、スポーツ選手のスポーツ中の突然死例29例を解剖し、28例97%に肥大型心筋症(18%)、冠動脈奇形・低形成(19%)、冠動脈硬化(20%)と運動中の死亡原因に循環器疾患が強く関与していることを示しています。100万人あたり4から9人で、急性心臓死はそのうちの70から80%です。日本全体で年間120から250人という数は、欧米の統計とも人口割で見ればほぼ同世代では同じ割合です。
 原因が確実にわかっているもの、およそ推定できるもののほかに、いまも、なぜ亡くなったのかが医学的に推測できないものもあります。心臓管理区分で運動禁止となっていた生徒さんが運動に参加してなくなってしまったことなども過去にはありましたが、管理区分上は運動可でも、運動がきっかけでなくなったと考えられる症例もあります。また、今回のように、過去の心電図異常なし、直前の体調も問題なし、運動量も過負荷である可能性も少ない、倒れた直後の救急救命処置、救急車内での除細動処置なども適切で、解剖をお受けになっていただいても原因となる所見が見当たらない という例も、この学校管理化の死亡の中にも30%近くあると推定されています。将来、もっと多くの症例のメディカルチェック、心電図、解剖、遺伝子医学などが進歩すると、原因不明というのは減る可能性はありますが、ゼロにはならないかもしれません。
 参考に、運動とは直接関係ないのですが、青壮年急死症候群(ぽっくり病)と呼ばれる疾患があります。多くは不整脈特に心室細動が原因と考えられ東京都で年間約100人、20歳台に60%、男性:女性=14:1、85%が睡眠中に起きるといわれます。最近Brugada症候群と呼ばれる心筋細胞膜の遺伝子異常によるものが含まれていると考えられています。前駆症状に強い唸り声・うめき声、痙攣いびき、呼吸苦、胸部痛などの訴えがあります。過食、睡眠不足、飲酒、喫煙、過労などが誘引になっているといわれます。
 スポーツは誰でも親しむことのある分野です。また、スポーツがからだにさまざまな影響を与えることが明らかになってきています。スポーツ医学は、医学の中でも、外科、眼科などのように独立した科目ではありません。むしろ、内科、外科、整形外科、婦人科、精神科、小児科、救急医学など複数の知識が必要なだけでなく、さらに、運動生理学、運動解剖学など医学周辺の知識も必要です。病気を勉強する病理だけでなく、正常のからだを知る生理学がとても大事なのです。そして、医師、看護婦、教員、体育指導者だけが知っていればいいのではなく、一般の生徒さん、一般の大人の方もふくめて、全ての人に勉強してほしいのです。スポーツ医学の領域はすでに膨大ですし、さらにこれからも進歩しています。ですから、今までにわかっている必須項目に絞って、勉強してゆきましょう。
 
U.スポーツ医学のことはじめ
 運動生理とトレーニング効果の面から見ると、発育過程で身体の形態、機能が急速に発達するときに思春期スパートがあります。
 スキルの習得には小学生の時代、持久力、筋力トレーニングには中学、高校生が適齢期となります。その意味からも、専門種目にこだわらず、個人の一貫性のある総合的な指導が必要になります。
 特に、性の目覚め、反抗期など心理学的にゆれやすい中学、高校の時期にドロップアウトをさせずにトレーニングを続けてゆくことが大事なことです。

1.運動のしくみを理解しましょう。
 1・ 酸素、二酸化炭素の交換、水分、栄養の取り込み、疲労物質、老廃物の排泄はどうなっているか?
 軽い運動では、筋肉内での酸素の供給が十分で、ピルビン酸はミトコンドリアの中で酸化されて、ATPを産生しながら、TCAサイクルをまわしてゆきます。産生されるCO2は肺から排出されます。一方、強度の運動では、ピルビン酸が参加されずに残って乳酸になってゆきます。
 トレーニングには、エアロビクス運動といわれる呼吸循環機能の維持向上と、レジスタンス運動といわれる筋力の維持向上にわけられます。
 呼吸循環機能のトレーニングかつ安全な至適運動量を決めるためには、最大酸素摂取量(VO2max)を求めなければなりません。このために漸増運動をして最大負荷の運動量を求めるわけですが、理想は無拘束で行う方法ですが今の測定方法では難しいので、エルゴメーターまたはトレッドミルを使います。中学高校生ですと、全身運動に近いトレッドミルで行うほうが好ましいといえるでしょう。VO2maxを求めるには、最大負荷(オールアウト)を行って実測のVO2maxを求めるのが望ましいといえます。諸外国のプロスポーツなどでは、VO2maxの数値が登録の条件になっているところもあります。ほかに、亜最大負荷を行ってVO2maxを推定する方法がありますが、中学高校ですと、VO2maxに相当する最大心拍数が、220−年齢 で推定することに、ばらつきが大きく、実測が望ましいと考えられます。
 また、無酸素性作業域値(AT)を求めるには、、呼気ガス分析を行って急に喚起が増加する点をもとめる換気性作業域値(VT)のほかに、頻回に指先から10μmlの毛細管採血でもとめられる乳酸性作業域値(LT)の測定によっても求められます。

 筋持久力の至適トレーニング量を決めるには、静的収縮に等尺性(isometric)、動的収に縮等張性(isotonic)と等速性(isokinetic)とがあり、この3つの筋収縮の様式を理解し初期のトレーニングにはisokineticを多用するほうが筋をいためることが少ないといわれます。とくに動的運動で、伸張性(eccentric)な運動は筋肉痛がおきやすいので、フリーウェイトを用いたトレーニングでは、eccentric運動をゆっくり行うほうが障害が出にくく、また80%程度の1RMの強度(約10RM)の運動が筋力向上につながると考えられます。


2・スポーツ医学の範囲は広いので、幼児と老人、スポーツ選手と病気をもっていらっしゃる方では扱い方がまるで異なります。ですから、スポーツ医学の対象を、乳児、幼児、学童、少年、青年、壮年、老年に分けたほうが便利です。また、対象とする運動種目が、弓道などのように精神的・静的なものと、球技のように動的な運動種目があります。さらに、ゴールを、世界レベル、国体・インターハイレベル、一般・趣味、健康維持、病気を治すためなどにわけて目標レベルに応じた対応が必要です。たとえば、プロ選手ならば、怪我をしていても、引退ではなく、治して復帰しなくてはいけません。生活の糧にかかわるスポーツもあるわけですから、所見があるから運動禁止と言うわけにはいかない場合も合います。
 今回は、中学高校の生徒さんが対象ですから、少年から青年、主に動的なスポーツ、目標ゴールをインターハイレベル以上ぐらいで考えてみましょう。
 主に、内臓の障害が原因となる内因性障害、怪我や故障が原因となる外科整形的な障害の二つに大まかに分けてみましょう。

1.内因性障害
 A.心臓疾患
先天異常  大動脈弁狭窄、冠動脈起始異常
  川崎病
  肥大型心筋症
  心筋炎
  QT延長症候群
  ほかの不整脈
  僧帽弁逸脱症候群
 川崎病は、乳児期に高熱、抗生物質の反応しない、紅斑などがあり、数年後に血管後遺症が20%、致命率が2%もあり、冠状動脈瘤、心筋梗塞が57%、心不全が18%、冠動脈破裂が5%などを起こしてしまう病気です。なくなった患者さんの心臓を詳しく見ると、心電図ではほとんど異常がないのに、顕微鏡で見ると、筋肉の間にリンパ球などの浸潤、心筋細胞の脱落などが見られることもあり、心臓疾患の学校管理区分では、心配なしと言われても、家族の方におかれては、お子さんの体調、症状に注意してあげたい病気です。
 特発性心筋症は、肥大型(左室流出路が狭くなる肥大閉塞型(15%)、心尖部のみ、心室中隔部などのみにおきる肥大非閉塞型(17%))、拡張型(68%)にわけられます。15%の肥大閉塞型心筋症は、運動中の急死する割合が多く(53%)、特に成長期は成人に比べて致命率が高く、心筋の肥厚は思春期に厚くなり、心室頻拍型の不整脈が出やすくなることが原因です。(因みに拡張型心筋症では急死は19%です。)1988から1992年の学校管理下の心臓急死444例を分析すると、心筋症例が42例あり、全員運動中になくなっています。特に強い運動で35例と運動の強度に比例しています。しかし、拡張型心筋症の予後が不良であるのに比べて、肥大型心筋症例は運動時の突然死を起こさなければ、比較的長寿を全うされますので、過激で急激な運動や交感神経の以上に緊張する状態を防ぐなど、若年期を慎重に乗り切ることが重要です。
 心筋炎は、風邪などを惹き起こすエコー、コクサッキー、インフルエンザウイルスなどが心筋に取り付いて、心筋を脂肪細胞、線維細胞に置き換え、心収縮力を落として心不全を起こします。また、心臓の周囲に心嚢水と呼ぶ浸出液がたまり、ますます心臓は動けなくなります。多くは一過性で、この急性期さえ乗り越せば危険ではありませんが、劇症型という拡張型心筋症から心不全、死亡に至るものもあります。
 不整脈には多数の病気がありますが、そのひとつとしてWPW症候群は、10,000名中4から12名あり、WPWのまま続く人が75%、正常化する人が10%、頻拍発作が出現する人が10%近くありこの中に心臓急死される方があります。
 一方、病院から突然死の症例を見ると、内因性の死亡161例、54%中、心臓死が10%、喘息などの呼吸死が7%、脳血管障害が4%ぐらいです。
 QT延長症候群は、あまり聞きなれない言葉でしょうが、QTとは心電図における心室収縮から再分極の終了する時間を示します。このQTが長くなるということは、心室筋の興奮持続時間がばらばらになるために総体としてQT延長が起きるので、このときに、心室性期外収縮が発生すると、心筋の受攻期にぶつかりやすくなって、心室細動などの致死性不整脈となります。先天性(遺伝性)QT延長症候群には、遺伝子異常を認めるものがあります。また、スポーツに関連する後天性の中には、不整脈薬、抗うつ薬、高度の運動後、低栄養などの電解質異常、スポーツ心臓による高度の徐脈依存型QT延長等が知られています。急激な精神興奮、激しいトレーニング後、潜水等のあとの失神発作、心室性不整脈、torsade de pointes と呼ばれる危険な不整脈への移行があります。T波の交互脈、U波の出現等が知られています。
 僧帽弁逸脱症候群では、まれに心室細動、ニアミス例が知られています。左室の収縮期に僧帽弁の左心房内に逸脱することからこの名前が付けられています。10歳台で1%、成人で4%と推定されています。僧帽弁が左心房内に落ち込むことにより、腱索が乳頭筋を引っ張って、心室性不整脈を惹き起こしていると考えられます。一般的には経過観察でよいですが、不整脈頻発例では運動性現、僧帽弁閉鎖不全になる例では手術も考慮されます。
 
 B.熱中症
 湿度が60%、温度が30度を超えると、脳血管障害、急性心不全、熱中症の頻度が急に増えます。従って、真夏の風のとおらないような体育館のスポーツ、炎天下の長距離などにはきわめて危険です。夏のインターバルなどでは、早朝または夕方、温度や湿度が十分にいい状態のときに運動すると言うことが大事です。
 C.運動誘発喘息発作
 冷たい乾燥した空気を鼻腔で加湿せずに吸い込むと、気管支を攣縮させ、喘息発作を誘発します。喘息の体質を持っているときは、ふだん喘息が出なくても、運動を急に行うと喘息が出ることが知られています。従って、ウオームアップを二倍の時間をかけてゆっくりからだを温めてあげることが大事です。
 D.食物誘発性アナフィラキシー
 同じようなものに、ある食べ物にアレルギーの体質のある人が、その食べ物を食べて運動をすると、わずかな量の摂取でも、全身の激しいアレルギー反応を起こし、空気が吸えない、声が出ない、ショックを起こすなど緊急事態になります。
 E.横紋筋融解症
 高温、多湿の環境下などで、体調があまりよくないときに、激しいトレーニングを繰り返すと、手足の骨格筋(横紋筋)が、急激に破壊されて、破壊された筋成分が腎臓の尿細管をふさいで、尿が作られなくなり、急性腎不全をおこします。また筋崩壊の酵素(CPK,LDH,GOT)が急上昇します。筋膜切開、人工透析が必要になったり生命の危険にさらされることになります。
 F.そのほか
 
 


2.慢性障害
 A.スポーツ貧血
 B.スポーツ無月経
 C.スポーツ心臓
 D.オーバーユーズ
 E.バーンアウト

3.外傷(けが)と障害(故障)
 成長期の骨は、骨端軟骨で縦方向に、骨の周りにある骨膜で横方向に成長してゆきます。
 急性のけが 打ち身、捻挫、脱臼、骨折ですが、剥離骨折、骨端線損傷などの骨端軟骨を含んだ骨折が起こりやすくなります。


 部位別分類 (頭、頚椎、上肢、肩、腰、膝、足関節など)
 種類別分類 (骨、関節、筋肉、腱、神経、血管など)
 外傷別分類 (骨折、脱臼、腱断裂など)
 外傷の救急処置
 症状
   頭痛、吐き気、二重視、眼、舌、手、足、動くか?しびれは?
   応答は? 
   暴れる、不隠、痙攣、動きが鈍い
   頚髄、頚椎損傷    命にかかわる、四肢麻痺
   肺損傷、肋骨損傷、
   受球後の心停止
   腹部外傷・ショック
   もやもや病,AVMalformation などが知られています。

学生個人の個人特性把握のためにはどうすればよいか?
プライバシーの保護、遺漏には十分注意、しかし、知ったからには十分配慮する。
1.基礎疾患 の有無
特に運動による増悪因子は?
2.家族歴、
血縁で、遺伝性疾患、心臓疾患、短命の方はいなかったか?
3.家庭環境
家庭内不和、朝食、夕食、補食などの摂取状況、喫煙、アルコール
喫煙、アルコール、カロリー不足、過多は運動能力を極端に落とすことを知らせる。
4.連携システム
連絡帳、スポーツ手帳などをつくりスポーツに関する情報の共有
体力評価、メディカルチェックの方法 
 国体選手、ジュニア強化選手神奈川県体育協会方式

 運動中の急死の原因に循環器疾患が多いことがわかってきていますので、本人の自覚のない心臓病の発見のために、一般診察のほかに、心筋症、僧帽弁逸脱を含む弁膜疾患などのために心臓超音波、虚血性心臓病、不整脈の検出のためにトレッドミルのような定量負荷による運動負荷心電図が求められます。

 トライアスロン大会では、1回ごとに、トレッドミルによる亜最大負荷試験の実施が求められます。

事故がおきたときの現場での対応、緊急マニュアルと日ごろの訓練
一刻も猶予せずに、多く人を集める。救急車を呼ぶ。
重症であること、意識があるか、ないかを伝える。
訓練のできた人を中心に、有効な心肺蘇生を行う。ABC 吐物除去を忘れずに。
やった振りではいけない。
救急車に引き継ぐまでは、心肺蘇生を、自分の判断で中断してはいけない。
人工呼吸をやりすぎて(例えば肋骨が折れたなど)責めらることは絶対にない。
心臓が動いているのか止まっているのか判断できなくて、心肺蘇生が中途半端になるよりは思いっきり蘇生をやったほうがはるかによい。
日ごろの訓練、考える前に手、口、足が動くこと。自信がなければ、大きなマニュアルを貼る、A4ぐらいのカードをあちこちにぶら下げておく。


運動前にチェックしてほしいこと。

生徒さんの体調の把握をしてください。
家族の方も、スポーツ手帳、連絡帳などで、前日・当日の体調を担当の先生に伝えてください。
発熱、咽頭痛、頭痛、関節・筋肉痛 はないか?
心筋炎は、初期は、風邪症状しかないこともある。
しかし、喘鳴、息切れ、せきたんの増強があれば運動は禁忌。
前日の睡眠は十分か?
前日の夕食、当日の朝食はとっているか?
腹痛、下痢、嘔気はないか?
前日アルコールは飲んでないか?喫煙はしてないか?
前回の授業と変わったことはないか? 
  嘔気、不機嫌、集中力がない、ボーとした感じ、 
もやもや病、脳内出血の前駆症状

等の注意をして体育、部活動を行うようにしましょう。