健康かながわ
ーースポーツの突然死を予防するーー 2003.2号
神奈川県予防医学協会 精密総合検診部 羽鳥 裕
最近、スポーツにおける不慮の死亡事故が話題になっています。
2002.11.21スカッシュ中の高円宮様の急逝、11,23の京都福知山、名古屋におけるマラソンの中高年ランナーの死亡などあいついだためにスポーツ愛好家に与えたショックは大きいものです。
神奈川県の国体全出場選手のメディカルチェックが13年前からスタートしたのも、その前年に国体で他県のスピードスケート選手がゴール直後に死亡したことがきっかけでした。国体の理念である、”選手は健康である” 旨を徹底するためにも検診の必要性を訴えたのでありました。毎年1,000名余を、国体直前の関東ブロック大会前の数月の間にメディカルチェックを行います。問診・理学所見・採血・尿とトレッドミルまたはエルゴメーターによる十分な心臓負荷テストを行います。40歳以上の選手には心エコー、呼吸機能なども加わります。強度のスポーツ貧血は毎年多数ありますが、それ以外にも、急性肝炎、伝染性単核症、心室中隔欠損症などが発見されてます。さらに、2年前には、野球の投手がトレッドミル運動負荷で陽性所見、緊急カテーテル検査でLAD#6,#7に 90%以上の狭搾があるためSTENT挿入に至った例もあります。スポーツメディカルチェックの重要性を多くの団体では認識していただいておりますが、一方で、種目によっては、重度の糖尿病、高脂血症、冠動脈に虚血性変化があっても無視されるケースもあり難渋することもあります。
また、3年前に、川崎の公立中学校、私立高校であいついで3例の学校体育、体育祭、夏の部活動で死亡事故がおきてしまい(現在も係争中でありますが)学校体育の現場でも身を引き締まるものがあります。しかしながら、神奈川県下だけでも、夏の熱中症、山間のマラソン大会などのニアミスも含めると数倍の正規に報告されない隠れた事例があります。
今回の高円宮殿下急逝の経過は、妃殿下を通して明らかになっています。スカッシュは、上級者のボールは時速200km/hにも達し、運動強度はテニスの2倍、心拍数は200/分近くにまで達するスポーツです。今回に限っていえば、殿下が倒れてから、1分以内にバイスタンダーCPRが行われ、カナダ大使、スカッシュトレーナー、皇宮警察官が交互に救急車到着までの約5分間行われたそうです。カナダ大使館にはAED(automatic
external defibrillator)は配備されてないので、救急車到着を待って救急車のAEDを装着し、医師の指示のもと電気的除細動が行われ、慶応大学病院へ運ばれています。(病院選定は、宮内庁として”通常”の選択であったそうです。)
一般論として、心筋症があったり、虚血性心疾患があれば心室細動の出現リスクは高くなります。冠動脈が閉塞して心筋の壊死が始まったときに血液が流れ始めたときに致死的不整脈がおきやすいとされます。まったく心臓に基礎疾患を持っていなくても、心室性期外収縮はいつでも起きる可能性があります。偶然にR
on Tと呼ばれるような期外収縮が重なって心室細動になった可能性も否定できません。例えば、1997年アメリカ・マサチューセッツ州で16歳の少年が、アイスホッケーの試合中にパックが胸に当たり、死亡しました。肋骨にヒビなどはなく筋肉の裂傷もなく、血管内に血栓もなく心筋梗塞もなく遺伝的疾患や既往症もありません。マローン博士によると過去にもボールで運動していた子供が突然死亡したケースがあり、アメリカだけで100例ほど報告されていて、共通の特徴としては、胸に軽い衝撃を受けてから数秒後に倒れる、熟練者であっても発生するということです。これらも心室細動が原因と考えられます。細胞レベルで見ますと、心筋への衝撃やわずかな不整脈が原因で、心筋のカリウムイオンの出入口が急激に大きく開いてカリウムイオンが過剰に流出すると、心筋細胞の収縮リズムを乱し、ATP(アデノシン三リン酸)とよばれるカリウムイオンの流出を抑える物質が大量に消費されてしまい、カリウムイオンの一斉流出を抑えられず、徐々に弛緩し、再び収縮するはずの心筋細胞が一瞬にして弛緩してしまいます。過度の運動を行った場合にも生理的範囲内で細胞内のATPが減少しますが同様なことは、強度のストレス、大量下剤のダイエットなどでK不足になったときにでも起きます。さらに、過度の運動により、交感神経系のアドレナリンが賦活化され、血液や筋肉中に乳酸が多くなると、代謝性アシドーシスになり、心室細動を起こしやすくなります。さらに、激しい運動の最中には、電子的に不安定な反応を起こしやすい活性酸素が、消費した酸素の2%程度に発生し、細胞内皮、細胞膜、酵素、DNAを傷つけます。細胞内皮が傷つけば、血栓を起こしやすくなります。この活性酸素の働きを抑えるために、SODなどの仕組みがありますが、加齢や激しい運動時にはSOD活性も低下します。これらも複合して致死的不整脈を引き起こすと思われます。
さて、今後、市民による除細動(Public Access Defibrillation)などの推進のため、循環器学会でも、医師以外の除細動器の使用容認を、厚生労働省に要請してます。1992年アメリカ心臓協会(AHA)のCPRガイドライン改定で、心臓突然死の救命率向上にパブリックアクセス半自動除細動器(AED)の使用の有用性が述べられ、アメリカの主要な空港、ラスベガスのカジノにおかれるようになりました。カジノの警備員によるAEDの使用により、AEDによる除細動までの時間が4.4分±2.9分であり、パラメディックの到着時間9.8分±4.3分よりも早く、救命率向上(59%生存退院)となっています。また、誤作動の恐れについては、アメリカン航空の使用実績から見て、正常心電図の人にAEDが装着されても誤作動の可能性がないことは証明されてます。(兵庫県立健康センター河村剛史所長) また、国立循環器病センター北村総長によりますと、運動中の心肺停止の蘇生率は10%以下という統計であり、血液濃縮、ストレスなどで血栓を生じやすくなったときに左冠動脈の閉塞がおきれば容易に心室細動を起こしてしまいます。右冠動脈におきれば、急激な徐脈を生じます。
東京都医務観察院による急死例の剖検1,085例中、心臓性の急死は66.7%,脳血管障害は13.6%、大動脈瘤破裂は7.7%、消化器疾患7.6%、呼吸器疾患3.5%です。さらに、84年から88年のスポーツ中の突然死624例を同院徳留先生の分析によりますと、39歳以下が50%以上を占め、その直接原因は急性心(機能)不全が70%近くとなりますが、原因疾患では、肥大型心筋症、急性冠症候群、冠動脈低形成、冠動脈奇形、心筋炎があると推定されています。一方、中高年者のスポーツによる突然死も無視できなくなっていますが、スポーツによる脳血管障害は意外と少ないようです。40歳以上では、種目別では、ゴルフ、ランニング、ゲートボール、水泳、登山、テニスに多いことが知られています。
東京医大岩根先生の話によれば、過去新聞報道された運動中の突然死226人では、男性に多く、ランニングが最も多く、ラグビー、野球、テニスなどの球技よりもおおいということです。ゴール直前、直後に最も多く、ついで走り始め、次に走っている最中です。ただしすでに心臓病のある人は走りはじめに多いとされてます。猛暑、過労、試験勉強中、食事抜き、気分不快があると頻度が増えます。ジョギングの指導者フィックスがジョギング中に心筋梗塞で死亡し、解剖所見で冠動脈硬化が著しかった報告は、ジョガーを驚かせたました。また、肥大型心筋症は、一流選手にも多く、かつて才能ある若いバスケット選手がこの疾患で、引退を余儀なくされた例もあります。
ドイツ・フランクフルト大法医学センターParzellerによれば、1999年に、21年間21,000件の剖検から肉体活動中の突然死をまとめてますが、仕事中227(1.08%)平均53歳、スポーツ中73(0.34%)55歳、性行為中40(0.19%)61歳、女性の突然死は少数、原因は冠動脈疾患が最も多かったという報告です。 聖マリアンナ医大・高田らによると、年間8万人の日本の突然死を調べると、睡眠中34%、入浴中11%、休息中7%、労働中5%、排便中4%、歩行中3%、家事3%で、スポーツ中の突然死は 1% に過ぎませんが、単位時間当たりの危険率では最も高くなります。性別では男性が6倍、種目別では、40歳未満は、ランニング、40−59歳は、ゴルフ・ランニング、60歳以上ではゲートボール・ゴルフで、高齢者ほど、冠動脈疾患の相関が強くなり、運動強度には無関係となります。フィットネスクラブでの事故は、きわめて少なく488万人・年に一人で、屋外のスポーツ事故が圧倒的に多くなります。運動の温度、湿度などの環境、運動時間などの影響が推定されます。睡眠不足などの慢性疲労時にATポイントの低下、PEAKVO2の低下などから、運動前には十分な休養が必要であることがわかります。
一方、年齢層を少し下げて考えますと、学校管理化での死亡は、毎年200件以上あり、ここ10年以上頻度に変化はありません。心臓病が70−85%、脳血管障害が10−15%、大血管障害5%で、激しい運動中におきる突然死はほとんど心臓の異常で、高学年男子に多いとされてます。午前と午後にピークがあり、5月、10月ごろに多いという傾向に変わりはありません。心臓病など管理指導区分に入っていても事故は起きています。最近は、管理区分の軽い群からの運動中の死亡があり、ランニングなどの運動には、慎重な対応が必要です。また、脳血管障害では、脳動静脈奇形による出血があります。欧米でもほぼ同じ統計があり、アメリカにおける高校大学生のアスリートの年間10万ー30万にひとり、約50−100人、毎年スポーツによる突然死があります。(2000.10 Drezner)頻度が多いのは心筋症、左室肥大、冠動脈奇形、解離性大動脈瘤、心筋炎、拡張型心筋症、大動脈弁狭窄症、WPW、ARVD、QT延長症候群、僧帽弁逸脱症などです。
虚血性心疾患の多くは、冠動脈の内腔が徐々に狭くなるタイプよりも、粥状硬化が破綻して血栓を生ずるタイプの急性冠症候群(Acute coronary syndrome
ACS)です。急性心筋梗塞を起こした人の半数近くが、検診を含めて直前の安静時心電図にその兆候がありません。病院到着前に心肺停止(心臓が止まる)している人の40−70%が心臓病で、心臓急死例の70%が心筋梗塞などのACSです。 ACSでは、発作から再び血液が流れ始めるまでの時間が生き死に分かれ目になります。かかりつけ医に、心電図の異常、高血圧、糖尿病の指摘を受けている人は、もし、胸の圧迫が5分以上続いたり、息苦しい、気が遠くなる、めまいなどがでたときは、”心臓の発作のかもしれない。” と考え、一刻も早くしかるべき病院へたどり着くことが大事です。救急車がくるまでは、ご家族、周りの人は、by
standar CPR((居合わせた市民による蘇生)を是非行ってください。この一次救命措置(BLS basic life support)は、米国心臓協会ガイドライン2000が世界基準となって統一され日本でも採用になりました。かかりつけ医には、病状を連絡し過去の心電図などの資料は、すみやかに送ってもらいます。そして、ACSの日常の予防は、高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸、肥満、喫煙習慣、ストレスの強い生活、運動習慣がない、45歳以上の男性、55歳以上の女性などが発作の予備軍ですので、主治医に相談し生活習慣を見直しも大事です。
喫煙習慣は、高血圧、高コレステロール、糖尿病と並んで心臓発作の大きな原因(リスクファクター)です。フラミンガム、久山町、フィンランドの多数の人を対象とした研究から、毎日20本吸う人は、1.5倍も冠動脈疾患になる率が高くなることがわかりました。 でも、その後1年間、完全禁煙できた人は元々吸わない人と同じ率に下がります。たばこをやめると太るからいやだ。という人多いのですが、がんの予防に比べて、1年禁煙するだけでも、これだけ効果もあがるのですから、心臓病のリスクのある人には禁煙を積極的に薦めます。
予防医学協会の循環器外来
予防医学協会では、健診だけでなく、隠れた疾患を予防する、未病、加齢現象に対しても積極的に立ち向かう、という趣旨から運動療法、栄養指導などを健康体力相談を受け付けております。呼気ガス分析併用運動負荷トレッドミル検査、身体組成、ライフコーダによる消費カロリーチェック、動脈硬化度、摂取カロリー調査などを用いて、個人別の運動処方と栄養・生活指導を行いますので、お気軽にご相談ください。