はとりクリニック   羽鳥 裕   212-0058 川崎市幸区鹿島田1133-15  TEL&FAX 044-522-0033 yutaka@hatori.or.jp


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     ここが知りたい   スポーツにおけるハンガーノック   集英社 ターザン      2003.8月号     

               

 

 

油断・放置は生命危機を招くことも!
スポーツによる内臓トラブルは怖い。


そんな状態では、乗るのは表彰台ではなく救急車だ!筋肉の故障よりずっと怖い内臓のトラブルは、こうして予防せよ。


取材・文/廣松正浩 イラストレーション/安ケ平正哉 取材協力/羽鳥裕(医学博士、はとりクリニック院長、神奈川県予防医学協会)、杉浦克己(学術博士、ザバス スポーツ&ニュートリション・ラボ所長)


マラソンの終盤で一歩も足を
出せなくなった。これは何?


自転車やトライアスロンの世界でいうところのハンガーノック。古くは山男たちがシャリ切れ、シャリバテなどとも呼んだこの症状はずばり、極度の低血糖による。
主に脚の筋肉に備蓄したグリコーゲンを運動によって枯渇寸前まで消費し、もはや利用できないレベルに達してしまうと、精神力とは無関係に、人はまったく動けなくなる。
それだけじゃない。手足の末梢がしびれる、くらくらする、カラダが冷えて寒くなるなど、不気味な症状にも襲われる。まるで臨死体験です。
こうなると、もはやレース、試合どころじゃない。筋肉内のグリコーゲンを1分でも早く回復するため、糖質の摂取を急ぐべし。
とはいえ、いったんハンガーノックに陥ると、急いで糖質を補給したところで、軽く30分から1時間は運動不能。それが嫌なら、そもそもハンガーノックにならないことだ。予防法は単純です。とにかく運動の合間に糖質を少量ずつ補給する。補給が許されなければ、ペース配分を工夫する。それから、前日の練習でとことんカラダを追い込まないこと!
補給する糖質は吸収の早い単糖がベスト。消化吸収に時間とエネルギーを要する脂質、タンパク質はこの際お呼びじゃない。で、単糖とはこれ以上加水分解できない最もシンプルな糖質のことで、例えばブドウ糖、果糖などがこれにあたる。
店頭ではエナジーバーとかエナジーゼリー、またはブドウ糖をそのままタブレットにした形で売られているが、できたらハイポトニック(低浸透圧)タイプを選ぼう。体液より浸透圧が低いと吸収は早く、胃もたれも起きにくいからだ。


まだ走れる。なのに心拍数が
妙に低いのは楽勝の兆しか?


残念ですが、その逆です。というより、下手したら命さえ落としかねない、非常に危険な状況にさしかかっている。というのも、心拍数を決めるのはカラダに緊張状態をもたらす交感神経だが、これに大きく影響する神経伝達物質がカテコールアミン。耳慣れない名前かもしれないが、その内訳はアドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンだ。これなら何度か耳にしたことがあるでしょ。
さて、長いレースも終盤。疲労の極みにあるとはいえ、あなたはまだ幸いハンガーノックに陥ってはいない。もちろん、ペースは落ちている。けれど、頑張ろう。ゴールまであと一息だ……。と思うのだが、意欲が湧かない。気のせいか、脈拍も弱くなってきたようだ。運動量に見合った心拍数に達していないのか?
達していないのだ。その原因は先に述べたカテコールアミンをほぼ使い切ったから、である。ただの疲労とは違う。カテコールアミンが不足すると、カラダの緊張状態は解除されてしまうが、意欲も低下する。
他にも心筋の収縮力や血圧が低下するなど、いわば生命維持の根幹が危うくなる。たとえレースや試合でも、そこまで自分を追い詰めてはいけない。時には棄権も辞さない勇気、英知が明日の好成績を呼び込むから。

単糖類の吸収速度(ラットの実験による)

水によく溶ける単糖類はさすがに吸収が早い。耳慣れないガラクトースは海藻や動物の脳神経組織に含まれる。マンノースはコンニャクでおなじみの多糖類、マンナンの成分。キシロースはトウモロコシの芯、木材、ワラビなどに含まれる多糖類、キシランの成分で、アラビノースはご想像どおりアラビアゴム、あるいは大豆に含まれる多糖類、アラバンの成分だ。

出典『栄養生理学』吉田勉他/医歯薬出版、1985


昨日までついていけた練習が、
今日はなぜこんなにきつい?


どうやらスポーツ性貧血のようですね。貧血になると、酸素を運ぶ赤血球の濃度が下がってしまう。おかげで、必要とする部位に酸素が行き渡りにくくなり、すぐバテる。めまい、頭痛、息切れ、動悸、顔面蒼白などに襲われ、練習からも脱落する。
さて貧血といえば鉄分不足。では、ヒトは鉄分をどう失う? まず、カラダを動かせば、新陳代謝が盛んになり汗、垢の排出が増す。この中に鉄分は含まれるし、日々剥離、排泄される大腸の絨毛突起にも含まれる。
血流が盛んになれば、それだけ赤血球の消耗も早まるので、スポーツは鉄分の要求量を確実に押し上げる。
しかも、強い踏み込み動作や激しい衝突を伴う競技は、ちょうどその位置を通過中の赤血球を損傷する。
成人男女は1日に10〜12rの鉄分を摂取すべきだが、スポーツマンならこの倍でも現状維持がやっと。鉄分豊富な食事を工夫しよう。吸収率を考慮すると、動物性食品は優れた補給源だ。あるいは、医師と相談のうえ、必要なら鉄剤の処方を受ける。
他にも成長期、あるいはウェイトトレーニングによる筋肥大期の人は、鉄分に加えて、タンパク質不足の可能性も考えるべし。赤血球は鉄分とタンパク質から構成される。タンパク質の不足から貧血が生じるケースも決して少なくないからだ。

動物に多いヘム鉄は吸収率が高い。

主に動物性食品に含まれるヘム鉄は、付着していたタンパク質が腸管内で外れ、鉄ポルフィリン体となった途端、小腸粘膜細胞に吸収される。ヘムも非ヘムも2価鉄に還元されないと血流に乗れないが、植物性食品に多い非ヘム鉄は最初から3価のため、まずは消化管内でビタミンCなどで還元されないと、小腸粘膜細胞にすら入ることができない。非ヘムに比べて、ヘム鉄の吸収効率が5〜10倍も高いのは、このメカニズムのため、といわれている。参考『からだの科学』#222、三浦理代/日本評論社、2002

図版出典『食事で鉄分をとる』小池五郎他/
女子栄養大学出版部、1991


最近ちゃんと食べてますか、鉄分豊富な食品を。

出典『五訂食品成分表 2003』
女子栄養大学出版部

試合が近づくといつも下痢。
運動中の水分摂取が怖い!

でも、必要量の水分は必ず飲んでください。そうしないと、下痢より怖い熱中症のリスクが増すから。
さて、下痢はいろんな理由で起こる。少しでもスタミナをつけようと、許容量を超えて食べる選手もいるが、これでは下痢をして当然。エネルギー量、栄養成分量を維持したまま、食事の全体量は減らしつつ、消化しやすい食品でメニューを組み直そう。
激しいトレーニングが引き金になることもある。運動中、血液は筋肉に殺到し、どうしても消化器への血流は大きく低下する。その結果、例えば膵臓の働きが低下すると、膵液の分泌が不十分になる。
この状況で脂質、タンパク質を摂取すると、消化不十分なまま大腸に到達し、これらが大腸を強く刺激する。しかも、大腸の内部の方が浸透圧が上がってしまい、腸管粘膜から水分を吸って、液状の便となる。
試合当日は脂質、タンパク質の摂取を控えめにするのが、胃腸へのいたわりになるだろう。
また、これといった原因はなく、単に緩めの便が回数多く出る場合も、神経質にならず、まずは乳酸菌製剤で腸内環境を整える。それでもダメなら、直前から下痢止めを飲んで抑える。市販の下痢止めには、さして大きな副作用もない。試合のたびに飲んでも構わないし、便秘になるほどの乱用さえしなければ大丈夫だ。

不覚にも倒れました。道場の
温度は22度。原因は何だっ!

よく無事でしたね。それはきっと熱けいれんという、熱中症の一種。熱中症といっても、猛暑の炎天下で起きるとは限らないのだ。
その日、恐らく道場の湿度は高かったのだろう。風も吹かない道場では濡れた道着は乾かず、体表の温度が下がりにくかった。激しい稽古で体内に生じた熱は、処理されないまま蓄積されていったのだろう。ここで水分補給に失敗すると、室温がたとえ22度でも十分に起こりうる。
練習中に飲んだのはただの水ですね? それが水分補給の失敗だ。発汗によってカラダは水だけでなく、塩分もごっそり失う。なのに水だけ補うと、血液の塩分濃度は極端に低下し、低ナトリウム血症に陥る。その主な症状が筋けいれんで、今回のように暑さが直接の原因なら熱けいれん、となる。最近ではトライアスロンなどでも報告があるから、素人ランナーといえども他人事ではない。
もう一つ注意すべきポイントは、稽古開始時の体重だ。本来の体重でスタートできただろうか。連日厳しい稽古が続いたりすると、発汗によって減った体重が、元に戻る前に翌日の稽古となってしまう。これでは水分の不足が慢性的に続いてしまい、熱中症に捕らわれる危険も。
電解質を含む水分補給だけでなく、練習の前後には体重測定も行って、キメ細かい健康管理を行ってほしい。

飲んでも、汗をかいても熱い。
カラダに何が起こっている?


その日も恐らく湿度は高かったのでしょう。湿度が高いと、いつまでも汗は乾かない。それだけでなく、どうやら汗の成分に微妙な変化が生じて、粘性さえ変わってくるらしいのだ。具体的に言うと、湿度が高い時の汗は粘っこくて、乾きにくいのだ。これがカラダ全体を膜のように覆ってしまうため、冷却を妨げる。
そのせいで、いつまでもカラダが熱く感じたのだろう。そこで、マラソンならエイドステーションごとに水を飲むだけでなく、カラダにかけて、外からも冷やすことをお勧めします。かけるべきは全身だが、大きなパーツほど熱がたまりやすいので、額をはじめとする頭部は念入りに。動き続ける両脚にもお忘れなく。
とはいえ、粘性の高い膜を取り除かないと、冷却効果も期待薄なので、水をかけたらせっせと拭うこと。
これを考えると、長丁場のレースでは電解質、糖分を含んだドリンクと、カラダにかけるための何も含まない水の2種類を用意するのがベターといえる。ちょっと面倒かもしれないが、熱中症は生命に関わる恐ろしい病気だ。万全の準備で予防すべし。なお、水分補給のタイミングと目安は下の表をご参照ください。

あくまで目安ですが、これくらいの水分は必ず補給しよう。

運動強度は分かりにくいので、持続時間だけを目安に考えて構わない。合計補給量は気温、湿度等にも左右されるが、発汗による体重減少の70〜80%を目標に。一般的にドリンクの温度は5〜15度、組成は0.2%程度の食塩と5%程度の糖分を含んだものが適する。参考『トレーニング・ジャーナル』#274。表出典/川原貴・森本武利、1995


押忍! 血尿、出ました。
精神力で止めていいですか?

止められません。そんなことより、早いとこ泌尿器科を受診しましょう。原因が分からないと、危険度も判定できないからだ。
まず、真っ先に考えられるのが、踏み込み動作や激しい衝撃によって破壊された赤血球、あるいは衝撃を受けて損傷した筋肉が分解され、尿に流れ出ているケース。
いや、本来なら流れ出ませんよ、そんなもの。でも、トレーニングの負荷が高いと、腎臓が低酸素状態に陥り、内部のフィルターである糸球体の透過性が亢進して、いままで通さなかったものも通してしまうのだ。
とはいえ、流れ出ていればまだマシです。尿が止まってしまったら一大事! 糸球体に目詰まりが起きている可能性が高い。これを2〜3日も放置したら腎臓は壊死し、人工透析の必要なカラダとなってしまう。
そこまでカラダを追い込んではいけないのだ。トレーニングのせいで血尿が出るようなら、負荷は絶対に下げなければいけない。
踏み込み動作やジョギングによって生じる血尿でも、先天的な原因も考えられる。例えば、それは遊走腎。腹膜の中に腎臓がしっかり固定されていないため、運動に伴い腎臓が大きく揺れ動き、しばしば血尿に見舞われる。この症状が進行するようなら、手術で腎臓を固定してもらう。
視認できるほどの血尿が過去一度でも出たことのある人は、精密検査を受けたほうがいい。その結果、「赤血球の円柱が出ている」と言われたら、慢性腎炎の可能性がある。見ただけで血尿と分かるほどの尿が出たら、要注意ですよ。


尿の色が濃く、背中に激痛が。
背中って、病気になりますか。

それは背中の病気ではなくて、尿路結石ですね。腎臓、膀胱、輸尿管のどこかに不溶性の物質が結晶し、排尿を邪魔するのだ。で、出口を塞がれた尿は尿路の圧力を増し、腎臓が腫れて痛む。結石は尿路を傷つけるから、そこから出血する。どうです。症状は全部合ってますね。
尿路結石はこの10年間で特にスポーツマンに急増している。考えてみると、不思議である。よく動くスポーツマンの尿は始終撹拌され、結晶になりにくいはず。
だが、事情は変わった。食が欧米化し、肉や乳製品を多く摂取するようになったため、日本人の尿酸値は急上昇。ましてスポーツマンは発汗が激しく、尿が濃くなりやすい。
濃い尿はちょっとしたきっかけで結晶を生じる。尿酸はそのきっかけを作りやすい。ところで、尿路結石の痛みは激烈だ。あの陣痛を上回ると評する人さえいる。なりたくなければ、食生活の改善と水分摂取にぜひ積極的に取り組んでほしい。尿路結石は再発も多いと聞きますしね。

薄い血尿は医師でないと発見できませんが……。

腎臓疾患がなければ、タンパク尿の多くは運動による一過性のものと考えていい。激しい運動による血尿にはタンパク尿を伴うことも多いが、これは腎臓内のフィルター、糸球体の透過性が亢進するため。ヘモグロビン尿はマラソンや武道などの、強い踏み込み動作に多く起因し、ミオグロビン尿は強い負荷による筋肉の崩壊(横紋筋融解)が起きた時に見られる。

出典『健康・スポーツの医学−内科』青木高他/建帛社、1996

疲れて投げやり。朝練にさえ
行きたくないのは重大疾患か。

ウルトラマラソンやトライアスロン、あるいは高地トレーニングでもやりましたね? もしもそうなら、しっかり休養をとることで回復するから、あまり心配しなくて大丈夫。
ただし、この時に血液検査を受けるとGOT、GPTといった肝細胞逸脱酵素が高レベルで見つかることがある。初めての人は肝炎かと驚くところだが、これはエネルギー消費が激しすぎて、肝臓を構成するタンパク質さえ糖に組み替え(つまり肝細胞を破壊して)、運動エネルギーとして消費し始めているため。
けれど、ウイルス性の肝炎とは違うので、そのまま発展して肝硬変や肝臓がんといった重大疾患になることは考えられない。運動を終えれば、壊れた肝細胞はいずれ修復される。
予防法はとにかく効率のよい栄養摂取だ。これほど高レベルのトレーニング遂行時には、例えばカルシウムは一般の所要量の2倍、鉄分は30r、タンパク質は実に体重の3倍にあたるグラム数は摂取したい。体重60sの選手なら180gとなる。
種目によっては、それでも不足する可能性が残る。特に体内で合成できない必須アミノ酸は、真っ先に不足する可能性が高い。疲労だけでなく、疲労感の解消と朝練への意欲向上を狙い、就寝直前にアミノ酸を摂取する選手も少なくない。疲れがひどい時は試してみるといいだろう。なお、こういうキツい時期に酒を飲むと、肝臓へのダメージが大きい。肝機能障害を生じるとしたら、原因はスポーツよりもむしろこちら。だから、言おう。飲んだら走るな!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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